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2011年4月の記事

2011/04/28

Re: 親指シフト (@気まま写真ノート)

どんな人が親指シフトを使うのだろう。
http://blog.edayasuo.net/article/198115312.html

追加情報ですが、世田谷区長になった保坂展人さんは親指シフターです。いまだに使っています。

親指シフトを使う人のことを親指シフターと言ったりします。親指シフターにはどんな人がいるのでしょう。この手がかりとして、私がこのブログを書くために親指シフトについて何か言及しているブログを集めているはてなブックマークのエントリーを思い出してみました(ところで、このはてなブックマークには現在6300以上のエントリーが集まっています。親指シフトのことをブログに書いてくれた方に感謝します)。

親指シフトを使っている人の職業はいろいろです。もちろん、作家などのように文章作成のプロが多いわけですが、その他の仕事をしている人もたくさんいます。きちんと調べたわけではないので覚えているものだけをあげてみます。

作家、脚本家、漫画家、大学教授、音楽家、弁護士、弁理士、評論家(経済、株式、競馬、自動車など)、ジャーナリスト(前述の保坂展人さんはジャーナリストでもあります)、会社員、公務員などです。

親指シフトが役に立つ職業というのは、基本的には何らかの形で文章を作成することに関係あるものが多いのですが、考えてみると、文章を作成することがまったくない職業というのはなかなか考えにくいですね。そうだとすると、基本的にはどんな人でも親指シフトの恩恵を受けられる可能性はあるということだと思います。

書く内容もさまざまです。別に親指シフトを使っているからといって、内容が偏るということもないでしょう(このブログのように親指シフトのことしか書かないというのは別ですけど)。政治家の方でいえば、俗に言う左右両方に親指シフターはいます。親指シフトだったら大連立も夢じゃない(笑)。

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2011/04/23

Re: 倒れていません (@松江の日々) 他3件

親指シフトと記憶
http://blogs.yahoo.co.jp/hayashi_nied/60968683.html

使わないと人は忘れる.
僕は高校時代に富士通の親指シフトを完全にマスターしていたけど,今はまったく使える気がしない.

親指シフトを使わなくなってからどのくらいなのでしょう。でももしかしたら親指シフトを再開したら案外覚えているかもしれませんよ。次のように言っている人もいます。

親指シフトに戻れるキーボード - 富士通「FMV-KB232」 (@マイコミジャーナル)
http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/01/15/oyayubi/001.html

筆者は今回、久しぶりに親指シフトキーボードを触った。20年以上前の感覚が戻るにはかなり時間を要したが、私の指先は「うしてけせ はときいん」のホームポジションを覚えていた。使い心地の良いFMV-KB232は、もう1度親指シフトに戻ってもいいかな、と思わせるキーボードであった。

20年経っても再開してみれば、時間はかかるとしても、もとに戻ることが可能かもしれません。親指シフトという技術は、「指が覚えている」(もちろん、人間の記憶は脳によるものですが)ものなのかもしれません。それと同時に、私は親指シフト自体が「覚えやすい」ものだからではないかという気がしています。人間の生理に素直であるからこそ覚えやすく使いやすいのではないかと思います。

今日の親指シフト (@徒然草むしり)
http://reviken.blog6.fc2.com/blog-entry-3380.html

音羽屋がデフォルトでローマ字入力なのも相俟って、ずいぶん長いことローマ字入力ばっかりしている。それが昨日は久しぶりにノートPCを持ち出してきて親指シフト入力をしてみたら、やりかたを半分がたも忘れていて往生したというかびっくりしましたね。いや10分ほどで馴れが戻ってきていつもどおりにはなったのだが、新鮮な経験でした。

長いことというのがどのくらいか、その間、親指シフトを全然使わなかったのか、ローマ字入力の量はどのくらいなのか、などが分かりませんが、半分ほども忘れていたのが10分でもとに戻れたというのは興味深いところです。もちろん、他の方式でも完全にマスターできたのならば、少しぐらい使用を中断しても再開すればすぐに思い出せるのかもしれません。

ただ、親指シフトの場合はその傾向が強いのではないかというのが私の仮説です。それと同時に、親指シフトに戻ってきた人の安心感やほっとした気持ちが、このような文章に現れているのは面白いことだとも思っています。

最近親指シフトが。 (@altocicadaの独り言ち・・・)
http://d.hatena.ne.jp/altocicada/20110417/1303030034

年明けぐらいからかなぁ、親指シフトの配列が、ほとんど全く思い出せなくなった。

といっても、入力が出来なくなったのではなくて、より純粋に頭の中の音から指の動きが呼び出されるようになり、反対に、平面上の仮名の並びが、果たしてどんなだったかと、はときいんぐらいまでしかぱっと頭に浮かばないというような状態。

これも同じような経験をしている人がいるのではないかと思います。実際、私も、キーボードのどこにはなんという文字があるか、という問われ方をしたら結構答えに詰まってしまいます。それでも、文字を打ち出せば問題なく、スムーズに入力ができます。

親指シフトに限ったことではないかもしれませんが、これは文字入力という技術の一つの特性を表しているのではないかと思います。覚えてしまえば入力するときに、どこに何があるかということを意識せずに作業できるということです。おそらく、これが「指が覚えている」ということで、その意味で親指シフトは「指が覚えやすい」方法なのです。

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2011/04/18

Re: 23年目の親指シフト (@shiology)

親指シフトはいつでも始められます。
http://shiology.com/shiology/2011/04/2233-110401-23-.html

4月1日、「親指シフト」始めました。
10歳のときに英文タイプライターを習得し、1988年にMacを使い始めたときも、迷うことなくローマ字入力を選択。以来23年間続けてきたローマ字入力に替わって始める新たな文字入力。

長い間使ってきてなじんだ道具を変えるのはかなり大変なことです。特にキーボードのような手で直接触るようなものはなおさらです。それでも上記のように23年目にして新たに親指シフトを始める方もいます。

このように親指シフトを試す人がどのようなきっかけでそうなったのか、実際のところはよく分かりません。「これさえ分かってもらえれば」といったものが簡単に見つかるのだったら、セールスマンの私の仕事もずいぶん楽になるんでしょうが、そうは問屋がおろしません。

でも、この方のように親指シフトを使ってみて、その感想をブログやツィッターに書いてもらえるととても参考になります。親指シフトを使ってどこが良いか、導入に当たってどんなところでつまずきやすいかといった実際に使った人でないと分からない貴重な情報があるからです。

こうした積み重ねが親指シフト普及の次の段階への一歩になっているのだと思っています。

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2011/04/11

Re: iPhone & iPad対応Bluetoothキーボード (@平成鸚鵡籠中記)

親指シフトの目指していたものは何だったのか。
http://bunzaemon.jugem.jp/?eid=13079

キーボードといえば一時期、エルゴミクスデザインのキーボードが流行りましたが、打ちやすい割に普及しなかったのは、親指シフトと同じで、やっぱりクセのものだからでしょうね。

ここではエルゴ[ノ]ミクスキーボードと親指シフトを同様に扱っています。これについて少し考えてみました。

ここに指摘されているように「普及しなかった」ということが両者に共通なのは間違いないでしょう。また、キーボードによる文字入力を楽にしたいという根本にある願いも共通であると言ってよいでしょう。

ただ、私は親指シフトはエルゴノミクスキーボードが目指していたところよりもっと根本的なところを考えていたのではないかと思っています。

それは、まず親指シフトは「日本語の入力」という難題を解決しなければならなかったということがあります。英文の入力について考えると、タイプライター時代から現在のコンピューター時代までの技術革新は、主要なものは次の3つに尽きるのではないかというのが私の考えです。

第一は文字配列を合理的なものにするというものです。有名なところではDvorak配列があります。

第二はキーボードの物理的な構造を変えるものでいわゆるエルゴノミクスキーボードがこれにあたります。これ自体は大変面白いもので、キーボードを二つに分割したり、キーを水平ではなく垂直にしたりといろいろなものがあります。

第三はリアルタイムのスペルチェックや入力補完のようなソフトウェア的入力支援です。コンピューター技術の進歩でいろいろなものが考えられました。

このような英文入力の状況とは異なり、日本語入力の問題はもっと複雑でした。日本語ワープロの黎明期にはこれを解決するために多くの努力がなされました。そうした中で現在主流となっているのはキーボードを使ったかな漢字変換によるものであり、親指シフトはその中でずっと生き延びてきているのです。

親指シフトは親指との同時打鍵という革新的手段で通常使われるかな文字を使いやすい場所に置くとともに、文字配列も見直しました。これは英文入力における技術革新を超えたものです。

それだからこそ親指シフトはまだ「伸びしろ」があると私は思います。現在の文字配列をさらに変更して改良しようとする人もいます。キーボードをエルゴノミクスにすることもできます。実際、富士通はそのような試みをしたことがあり、それが世に出なかったのは技術的な問題というよりは営業的なものでした。

さらにいえば、日本語以外でも親指シフトが応用可能ではないかと考えられます。これはまだ理論的な可能性ですが、こうした「夢」を持ちたくなるのが親指シフトの真に革新的なところなのです。

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