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2006/04/09

Re: OASYSエリートのキーボードが何故かあった…繋がらないけど…(@Shining Trapezohedron)他1件

親指シフトにずいぶん慣れてきて快適な入力ができるようになった方の文字入力に対する考え方です。
http://spaces.msn.com/requiem6251/Blog/cns!7392419F1B26C736!239.entry

Q, 別にローマ字入力で不満無いし、他の入力方式なんてどうでもいいぜウェーハッハ
A, 使用している本人が不満を感じないなら、そのままでいいと思うよ。
   別に入力方式が違うからといって、出力される文字に変わりは無いんだから。

別の方はこのように言っています。
インプット、アウトプットと親指シフトの役割(@親指シフトで日本語にこだわる)
http://pub.ne.jp/okeydoke/?entry_id=93631

メールを送信するのに親指シフトかなで入力しても、ローマ字入力してもその結果は変わらない。そういう風に考えている。

こうした考え方はどうなのでしょうか。私はきわめてまっとうな考え方だと思いますし、キーボードによる文字入力の議論は、こうした考え方をベースにするべきだと考えています。

親指シフトは確かにすぐれた入力方法で、実際に使った多くの人がそのことを認めています。主流で使われている他の入力方法に比べて使いやすいということも、使いやすさという把握しにくい指標を相手にするという困難はあるものの、かなり立証されています。

ただ、入力方法は文章を作るという最終結果、アウトプットまでの手段に過ぎません。しかも、結果からその手段を判別することはできません。

それならば、どれを使っても良いので、敢えて規格(デジュリでもデファクトでも)と違うものを持ち出して混乱させることはないではないか、という議論だってありえます。

でも、実は話はまったく反対で、結果に影響を及ぼさないなら、使いやすいものを選ぶことは、少なくとも個人的には利益があることで、おそらく社会的にも利益があることなのでしょう。

だから、親指シフトをプロモートすることは社会的にも意義があることなのです。問題はそのメリットが認知されるようにきちんと説明できなくてはいけません。既に述べた通り、使いやすさという分かりにくいものを売りにしなければならないという困難の中では大変ですが、この努力はやり甲斐があるものだと思っています。

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